日々雑感

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3月 対話型鑑賞会へ

こんばんは。いかがお過ごしですか?

相変わらず、美術館も閉館中のところが多く、少し寂しい週末を過ごされた方もいるかもしれませんね。

 こんな時だからこそ、例え大きな美術館で沢山の作品と触れ合うことは出来なくとも、一枚の絵とじっくり向き合ってみるという体験も良いかもしれません。

 

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月1回、プロトマニアさんが開催されている対話型鑑賞会に参加してきました。

 

今年の1月からの参加なので、今回で3回目です。

対話型鑑賞会については、VTSVTCに関して以前紹介しました。

過去記事はこちら↓

dailydiary.hatenadiary.com

 

VTSとは、絵画による視覚芸術の鑑賞を、鑑賞者に対する問いかけと対話を通じて行い、それを通じて鑑賞者の観察力、思考力を向上させようとする取り組みです。

 

 

今回の題材はこちら。

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鑑賞は知識の付与や披露を目的とせず、あくまで鑑賞者の観察のみにより鑑賞を行うため、絵の解釈はもちろんのこと、作者や題名すら一切開示されません。

(この絵の説明は後半に)

 

VTSの定める4つの質問に従い、絵を見ていきましょう。 

  • Q:ここでは、何が起きているでしょうか?
  • Q:どこからそう思いますか?
  • Q:さらにいえることは、何でしょうか?

 

皆さんは、この絵をどのように解釈されますか?

 

まず真っ先に目に飛び込んでくるのは、大勢の人たちと、その真ん中にある1枚の絵。

画風から、恐らくセザンヌではないか、と思われる一品です。

更にその後ろには、数枚の絵の断片が見え隠れします。

これも、恐らくセザンヌと同時代の印象派の作品でしょうか。

 

この男の人たちは何をしているのでしょうか。

みな、口ひげを蓄え、シルクハットやスーツなど、今でいう紳士風の服装に身を固めています。

左端の男性は、とりわけ年配、かつ威厳があり落ち着いた雰囲気で、かつ注目を集めているようにも見えます。

また、絵の右手前にいる男性は、熱弁をふるっているようにも見えます。

一方、この一団の中には、どこか心ここにあらずの雰囲気や、明らかに左端の男性とは異なる方向を向いている男性もおり、必ずしも彼らが一体感を持っているわけではないようです。

 

この絵を取り巻く人たちは、いったい何をしているのでしょうか?

大勢の人が絵を囲むようなシチュエーションでまず思い浮かぶのは、絵を披露する場面です。

手前の男性が布のようなものを手にしており、今まさに絵の覆いを剥いだ瞬間と見ることもできそうです。

また、その他に思い浮かぶのは、絵を売る人と買う人の仲立ちの場面、要するにオークションです。

その場合、左の男性はオークションの主催者もしくは出品者、その他のオーディエンスは絵を品定め根定めする参加者、といった配役になるでしょうか。

ただ、そのような現生的なはなやかさや といった雰囲気はどこか遠く、この人たちからはもっと内省的で思索的な趣を感じます。

 

更に、中心部の男性の一団から少し注意を周辺に移してみたいと思います。

イーゼル(絵を置く台)の足元に、猫がいるのに気づいたでしょうか?

また、男性の一団の右端には、よく見ると女性が描かれています。

この女性の素性や役割は不明ですが、身なりや明るい表情を見る限り、決して貧しい身持ちとして否定的に描かれているわけではなさそうです。

 

なぜ、この絵の中に、猫や女性が映り込んでいるのでしょうか?

これらは、此処が家屋のような私的な空間であることを暗示しているということが出来ます。

実はここは、とある男性が経営する画廊であり、そこに集まった画家たちが、ある1枚の絵を取り囲み鑑賞している場面を描いています。その絵とは言うまでもなく、中央に据えられたセザンヌの作品です。

 

通常、VTSでは絵画に対する知識情報については触れないことになっているのですが、本館紹介では、後半部分で講師による絵画自体の解説も行われます。

個人的にも、その方が自分たちの行った観察に対するフィードバックが得られることで、より

もともと絵が好きで見ているので、それに対する様々な解説を聞けることも、非常に有意義な

 

この絵は、モーリス・ドニの「セザンヌ礼賛」です。

ポスト印象派の時代、当時一世を風靡した印象派に対して更に新たな表現を模索する動きが生まれ、ナビ派表現主義といった、印象派とは全く異なる主義主張、技法を持った芸術の潮流が生まれます。

この絵は、当時の有名な画廊に集まったナビ派の画家たちが、とりわけ革新的技法で当時の画壇をけん引していたセザンヌの作品に注目を集め、彼を讃えている場面を表したものだそうです。

 

皆さんは、この絵から、そのような印象を受けたでしょうか?

「礼賛」という明るく前向きな言葉からは少し遠い、寧ろ陰鬱な印象すら受けます。

当時は、印象派への評価が高まる一方で、まだ一般的にはセザンヌの作品が評価を受ける前の時代でした。

かつての印象派もそうであったように、彼に対してあまり芳しからぬ評価を下す鑑賞者や批評家もいたようです。

上記のようにナビ派セザンヌを支持していたわけですが、このやや陰鬱な「礼賛」は、彼らの緊張感を表しているようにも見えます。

 

実際の会でも、集まっている人たちの素性や目的、何をしているのか、を巡って、非常に活発な意見や気づきが交わされました。

また、此処にも書かなかったような非常に細かく、しかし鋭い点に気づかれた方も大勢いらっしゃいました。

一人で黙々と絵を見ていても、なかなかそこまで集中力が働くことはなく、他者と対話という行為がもたらす効果には非常に驚かされます。

 

予断ですが、この対話型鑑賞のプロセスは、非常に有益なコミュニケーションであるといえます。

質問を用いるコミュニケーションスキルとして真っ先に思い浮かぶのは、コーチングでしょう。

コーチングでは通常、オープンクエスチョンといわれる、Yes/Noでは答えられない質問を通じ、被質問者(クライアント)自ら目標や行動をを設定したり、動機づけを行ったりというようなことを通じて、クライアントの可能性を引き出そうとする対話が行われます。

この対話型鑑賞はもちろん、自分自身ではなく目の前のアートを題材にする点、コーチングとは異なりますが、他者から問われるということ、そしてそれに対し自分なりに考えるだけでなく言葉で表現して答えようとする、ということで、思考の幅が大きく広がるのだろうか、とふと思いました。

 なんにしても、対話とは非常に有益な行為なのかもしれません。

 

 

 

その他、関連する作品の紹介

 この絵は、上記と似たような場面を取り扱った作品

ファンタン・ラトゥール 「バティニョールのアトリエ」(1870年)

当時、やはり時のセザンヌと同じように革新的な創作で注目を集めていたマネの作品に賛同する、印象派画家たちの集いの場面を描いた作品の用です。

この作品からも、上記と同じように、不思議な緊張感を感じます。

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こちらは、今回の作品の登場人物たちの属するナビ派において、熱烈な支持を受けたと得る作品。

ナビ派創始者のひとり、ポール・セリュジエ 「愛の森を流れるアヴェン川」(1888年

非常に抽象的なぎょう

 かの有名なゴーギャンの指導により描かれた作品としても有名です。

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 この対話型鑑賞会は、月1回~2回のペースで開催されています。

興味を持たれた方はぜひ、覗いてみてください。

protomania.com